マリー・アントニオの日記へようこそ…今日の気分を、好きな薔薇の花の色にたとえて日記に綴っています。現実には存在しない色もありますがそこはご愛嬌?
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マリー・アントニオ
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非公開
自己紹介:
生年月日:1967年
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★日常、趣味、その他について感じたことをとりとめもなく綴っています。
★上記HPも興味があったら是非見てください。イラスト、ショートショート、エッセイ等を載せています。
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nikki-mona-lisa.JPG2~3週間前の日曜美術館で、「モナリザ」の特集があった。

この絵はいろいろと不思議な点が多く(というか、ダ・ヴィンチの絵の多くはそうだが)、初めは「また今までの説を編集しなおして使いまわしするのかな~」と大して期待をしていなかった。

それが、4~5年前に出たという新説を紹介していた。
フランスの美術の教師(だったかな?)が研究しているもので、なんとこの絵は「マイクロ点描」で描かれた、というもの。

聞いた瞬間、あまりの現実感のなさに思わず笑いが…。
何百年研究してもわからないからって、とんでもないことを言い出した、くらいにしか思っていなかった。
それが、その人は実際に自分でも実験的にこの技法でダ・ヴィンチの他の絵を模写していて、それを見たら今度はあまりの展開に思わず戦慄が…。
実際、ルーブル美術館の研究員?キュレーター?に見てもらったら、奇跡だと言われていた。

その「マイクロ点描」は、印象派のような普通の点描とは比べ物にならない、細かい霧のような点描で、これならなぜあんなに制作に時間がかかったのか、なぜ筆の跡がないのか、なぜあんなにきれいなグラデーションなのか、素人の私にも理屈としては「そうかも」と思える。

筆の跡がないのは、今までの説では「スフマート技法」といって、絵の具をごく薄く溶いて何度も塗り重ねる技法を使っている、ということになっていた。

最近、また性懲りもなく(笑)ダ・ヴィンチの特集本が出たような気がしたが、これのことだったのかぁ~~!!
どうせ「別の角度から」と銘打って今までの資料の再編だと思って書店で見もしなかった。

そういえば、DNA鑑定も10数年前とは比較にならないほど精度が上がったらしいし、これからこういうナゾだったものがどんどん解明されていくのだろうか。
ナゾはナゾで勝手に推測する楽しみがあるけど、やっぱり学問上はハッキリ分かっが方がいいんだろうな~。

青白橡(あおしろつるばみ)。

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昔、深夜に偶然、ピカソを描いた映画「サバイビング・ピカソ」というのを観たことがある。
ピカソと長いこと一緒に暮らしたフランソワーズからの視点で、ピカソの人物像や思想や創作活動、女性遍歴などが描かれ、ピカソは特に好きではないが、非常にわかりやすくて印象深い作品だった。

そして少し前のことになるが、日曜美術館で「ピカソと女性」みたいな特集をやっていた。
ピカソが女性たちから受けたインスピレーションだが、主にフランソワーズの特集だった。

彼女は、ピカソと別れて随分経ってからいわゆる暴露本を出したとのこと。
本のタイトルは、いかにも暴露本の王道のような「LIFE WITH PICASSO」。
番組内で少し内容が紹介されていたのだが、その表現が、昔観た「サバイビング・ピカソ」とほぼ同じだった。
ということは多分、「サバイビング・ピカソ」の原作はこの本だったのだろう。

感心したのは、暴露本とはいいながら、上記のようにピカソについて幅広く冷静に客観的に書いているらしいこと。
「サバイビング・ピカソ」も、ラストは
フランソワーズがピカソと決別する道を主体的に選んだ発展的な別れ、
(↑ネタバレ。よければリバース)
というような明るいものだった。
「サバイビング・ピカソ」を観て、ピカソに少し親近感を感じるようになった。

ピカソはもちろん、暴露本には非常に憤ったようだが、まぁいいじゃないですか(笑)

琥珀。

nikki-vermeer.jpg新聞のある記事に目が留まった。
それは「日本の住宅照明は貧しい」というもの。
欧米の場合、用途や目的に合わせていろいろなタイプの照明器具を使っているが、日本の住宅はただ明るければいいと言う感じだ、という内容だった。

これを読んで、以前どこかで同じような話を読んだな~と思って考えていたら思い出した。
それはカラコ(カラーコーディネーター)の試験の勉強をしていた時。
ネット上でもなにか資料がないかと探していた時に、とあるインテリアコーディネーターらしき人のサイトを見つけた。

「らしき」というのは、プロフィールが書いていなかったのではっきりとはわからないのだが、おそらくそうなんじゃないかという内容のサイトだったため。
今回の照明に関する話の他、様々な住宅関連の話が載っていた。
そのサイトの記事によると…。

日本は木の文化であり、住宅を作るのに木を使った。
障子や襖や雨戸、又は昔の横にスライドする玄関など、外からの光を取り込む部分は移動でき、光がさしこむ面積を好きなように変えることができる。
又、障子の薄い和紙を通した光は関節照明のような効果がある。

それに対してヨーロッパは石の文化。
石を使った住宅は、一度作ったら光の差込口を移動することはできない。
又、重い石は日本の住宅のように開口部を大きくすると壁に負担がかかるため、最小限の大きさの窓しか作れない。
それで、薄暗い室内をなんとか工夫しようとして照明が発達した。

…という内容だった。
読んでいてなるほど~! と思った。

余談だけど、それで思い出すのがフェルメールの「手紙を読む女」。
窓から差し込む光の下で手紙を読む夫人、微妙な光のグラデーション、透明感、静寂。
フェルメールの確かな技術と自信の成せる技だそうだ。
そういえば昨年のフェルメール展、行かなかったな~。

話は戻って、現在の日本の住宅も特にマンションなどはヨーロッパの性質に似ているから、照明にも関心が向かうようになってきたのかもしれない。
そういう私もナゼこの記事が目に留まったのかというと、今の部屋には一応スポットライトのレールがあるのだけど、1つしかつけていなくて(あとは普通のペンダントライト)以前からあと2、3個つけたいな~と考えていたのだった。

ただ、スポットライトの白熱電球(又は白熱色)の色は夜にイラストを描くときに色が変わって見えてしまうんですよね。
あ~どうしようかな~~と思って早何年…(汗)

ペールブルー。

1日に書いた「明日の神話」の話。
あとから気づいたことだけど、見つかったのはブラジルではなくてメキシコだった。
確か、以前も間違えたんですよね。
どうしても太郎のイメージは私の中ではブラジルらしい。

あと、メキシコというとマスカラスのイメージがあり、他のものが入るスキがないのもあるかもしれない。
それを言ったらブラジルは猪木さんだけど、この方の場合パラオだのパキスタンだの浮かんでくるから…。

「太郎=メキシコ」って難しいな~。ノートに1000回くらい書けば覚えるかな。
それより、太郎がメキシカンハットをかぶってポンチョを着てタコスを食べている方がいいかな~。
あっそれとも、メキシコの祭事の仮面をかぶって踊っているところとか…。
あっ! どうせならマスカラスとタッグを組んで闘っているところとか!

サボテン色。 

nikki-asunoshinnwa.jpg先日ニュースで見たのだけど、岡本太郎の壁画「明日の神話」の設置場所が渋谷駅に決定したそうだ。

この壁画は何年か前にブラジルで見つかって、関係者の尽力で日本に戻り、2年前の夏に汐留で短期間ながら初公開された。
写真は観に行ったときに撮ったもの。

その後、常設場所の誘致に渋谷、川崎、大阪、広島が名乗りを挙げていたのだが結局渋谷駅に決まり、公開は10月からと言っていたかな?

初めてこの壁画が「見つかった」と新聞の記事で読んだとき、この写真を見てコンマ1秒後にはナゼか号泣する勢いで泣きが入ってしまった。
原爆をテーマにしたものなのだけど、それだけ人に訴えるものがあるんだろうな~。

太郎は「芸術はみんなのもの」というような考えだったから、その遺志をついで設置場所もみんなが自由に観られるところを予定していたらしい。
広島でなくていいのかな?と思うけど、国外の人も見に来ることを考えれば渋谷駅の方が便利かもしれませんね。ついでに私にとっても(笑)

設置されたらぜひ観てください。

爆発色。

帰ってきて、新聞の番組欄を見て仰天した。
岡本太郎の、例の「明日の神話」公開だって!!!
ああもうっ!今日だったのかー!
バラ園にうつつを抜かしていてすっかり忘れていた。

何が何でも21:00まえにテレビの前にスタンバイするべく、もう明日はないというほどの勢いで動いた。

まずテーブルにはアイスコーヒー!
それからメイクを落とす!太郎さんにペルソナなんて無意味なのだ。
それから上着は黒!全てを吸収する色。私のフェバリットカラー!
そして書くもの。コピー用紙の束5ミリほどとペン。
最後に、号泣した時のためにハンドタオル。

さあ用意は整った。もう誰にもジャマはさせん!
そしていよいよ始まったのだ。
よりにもよって汐留でやっているよ。まあいいか。

50秒後には早くもウルウルし、3分後には眼の焦点が合わずトランス状態。
生きててよかった…(爆)

マジメな話、いつも私は岡本太郎に浄化させてもらっている。
同じ人間なのに(同じではないが…)この差はなんだ。
私は何をしてあげられるんだろう。

赤。

最近、日本の洋画家の盗作疑惑が報道されているが。
曲がりなりにも多少の絵を描く立場から、やはり盗作疑惑というのは関心が向く話である。

結論から言って、盗作と断定されても仕方がないくらい似ていると思う。
通常、こんなに他人の作品とソックリになることはまずありえない。

創作活動をする人がこれをやったらもう終わりなんだよね…。
「品」についてあまり語りたくないが、創作する上で、一度落ちた品は元には戻らないのだ。

「アート」とは「表現」であり、それはつまり「自己表現」であり、「自己表現」とは自己の内面を掘り下げること。
そしてその自己の内面を豊かにしているものは、どれだけたくさんの試行錯誤を体験し、どれだけたくさんの違う価値観を肌で感じだか」という実体験の裏打ち。

全存在をあげた経験がなければ真に人の胸を打つものは作れないし、同じように作る時に全存在をあげなければ人の胸を打つものは作れない。

……と私ごときが偉そうに言う。

ブルーグレー。

nikki-boucher5.jpgそしてこれが「日没」。巡回から帰ってきました。

お疲れ様。これからニンフたちと遊ぶそうです…。
私も混ぜて(爆)

茜。
nikki-boucher3.jpgしつこく昨日の続き。

これはブーシェの最大の作品「日の出」。「日没」との連作です。
楽しそうだな~、私も混ぜて。

実はこれは、アポロンが出勤(天空の巡回)するところで、別に遊んでいるわけではないんですよね。

でも楽しそうだな~。


nikki-boucher4.jpgそしてこれがブーシェのパトロン、ポンパドゥール夫人。
こういうしっかりとした肖像画も描くんですね。

ポンパドゥール夫人はルイ15世の寵姫(単なる愛妾ではなく、公式の場では王の一族と同等の扱いを受ける)で、文化や芸術の発展にも多大な貢献をした。
聡明で大変な努力家だったそうだ。

ちなみに、18年前にこの絵の2000ピースのジグソーパズルを作った時には、大変な努力を要した。

納戸茶。

nikki-delacroix1.jpg昨日、「ダヴィッドは好きではない」と書いたが、では好きな画家はというと。

まずこのドラクロワ!






nikki-delacroix2.jpg自画像はあまり目にする機会がないけど、この絵を描いた人だといえば「あ~あれか」という方が多いんじゃないかな。

何年か前にこの絵が(確か)西洋美術館に来て見に行ったけど、やっぱりよかったなー。


nikki-boucher2.jpgもう一人、ブーシェ!

絶対王政の宮廷文化華やかなりし頃の、ポンパドゥール夫人をパトロンに持った幸運な人。

このブーシェやフラゴナールの享楽的な絵を見ていると現実を忘れられますね。



nikki-boucher1.jpgこれはイタリアへ留学していた若き日のブーシェの自画像なのだが、この自画像、いいな~。

昨日のダヴィッドを引き合いに出すと、画家でありながらゴテゴテ装飾のついた椅子に座り、自我ムキ出しの表情を得意げに描くダヴィッドに対し、この素朴な家具、質素な服、第3者の目から見たような客観的な自画像。

留学中だから質素なのは当たり前かもしれないが、それなら描かないという選択もできたはずだ。

自己保身のためになりふり構わず、思想も良心も投げ打ってまで芸術家などと名乗るのではなく、どのような外的要素にも惑わされず、自己の価値観にのみ基づいて生きる人にあこがれるのですよ。

油色。

nikki-david.jpg夜、12チャンネルの番組で画家のダヴィッドを取り上げていた。

どうも私はダヴィッドは好きになれない。
この人の年表を見ると、根性の浅ましさが浮き出て見えるし絵自体も好きではない。

それにしても、今日の番組でもそうだけど、都合のいい情報操作には閉口する。

ダヴィッドのアトリエを訪れたナポレオンの才能を見抜き「彼は私の英雄だ」と言ったなどと説明していたが、
現在出ている本などの資料によると、ダヴィッドがこの発言をしたのは宮廷画家に取り立てられてからで、最初はあまりナポレオンに対して感動しなかった、というのが定説になっていて、その態度の変わりようを失笑気味に記述している本さえある。

実際、ナポレオンが画風を気に入って行軍にも連れて行ったのはダヴィッドの弟子のアントワーヌ・ジャン・グロで、ダヴィッドについてはグロの師だから立てていただけなのですよね~。

まぁ私も革命の時代に生きていたら、絶えず権力のあるほうに追随し、ゴマスリと調子のよさで生き延びたかもしれないが、芸術家がそれではダメですね。

庶民でよかった(爆)

革命の赤。

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